第3回 ところてんの心

「ところてん」というのは、かなり妙な名称だと思うのですが、ひらがなでさらさらと、一筆書きの様に書いてみると、これが存外、クニュリと突いて、器に入れた時の感じがぴったりと伝わって、結構風情に一致した文字の羅列、面白い響きを持つネーミングであることに気付く。

私の感覚の中では「うどん」というのも同じで、鎌倉時代に出来た時は、中国語の「コントン」から「ウントン」になり「うんどん」そして「うどん」になったとされています。

 

これもさっと書いてみると、やはり丼の中で、白いからだを巻いている「うどん」の体が創造出来て、なかなかに面白い。

ところで、ところてんの歴史というのはかなり古く、西暦538年、仏教伝来の頃に、中国から伝えられたとも云われています。

日本史の中では、西暦701年に制定された「大宝律令」の中に「ココロブト」という名称で登場するのが最初です。

 

ウィキペディアによると、奈良時代(710年~781年)正倉院の木簡に、宮中の節気行事に、テングサを御食国(ミケツクニ、今の若狭地方)から送られたとあり、そのころには、「こころてん」という名称であったということらしい。

氷が貴重であった当事、涼感を誘う食べ物として「ところてん」が重宝されたに違いありません。

そしてそれは、平城京や平安京の市で売られていたというので、夏になると、日本人がこの食べ物に、古くから親しんでいたという事がよく分かります。

 

ところで「ところてん(心太)」の名称の由来ですが、奈良時代、凝りにくい海草を小凝藻葉(コゴモルハ)と呼び、凝り易い天草を大凝藻葉(オオモルハ)と呼び、出来上がった製品を、大を太に替えて「ココロブト」と呼んでいた。

やがて太をテイと発音したので次第に「ココロテイ」と訛り、江戸時代に「トコロテン」となったという説が有力なのですが、これはホント、実にややこしいぞ!

 

前出の木簡には「こころてん」という名称がすでに記されていたとあり、「ココロブト」「ココロテイ」「ココロテン」「トコロテン」と、次第に変遷していったと云う事でしょうか。

 

兎に角、古から食べ続けられている食物は、それだけ日本人に合った、健康的で安心な食べものだと云う証になるのではないか。

伝来したての、氷のような食べ物を、聖徳太子あたりが、珍しがって食されたかもしれないし「今どきの若いもんは、言葉遣いがなっとらん!」と、ブツブツ言いながら、清少納言が食べる。

 

平賀源内の芝居を観ていたら、ところてんの突き器を口の上に持っていき、さっと突いて、一気に食べてしまう大道芸人が登場します。

1500年近く、この国の、大河の中を生き抜いてきた、由緒ある食べ物は、そしてこれからも、綿々と、人々に食べ続けられていくに違いありません。

 そして、宇宙ステーションの市などでも?

 


第2回 もうすぐ節分ですね!

寒い寒いと言っている間に梅の花が咲き始め、そうこうしてる間に、桜前線北上中なんぞとテレビのニュースで言われ始め、ふうーんそんな季節になったかと、なんとなくわくわくしていると、青空に鯉のぼりがはためき出し、ちょっと暖かいなあと思っている内にふと振り向けば、祇園祭りの鉾をたたんでいる光景が目に映り、えっと驚いていたら、もう大文字に火がついてます。

 

秋ですかぁ!何ぞと思っている暇なんてあったもんじゃありません。冷たい雨がはらはらとかかってきたら、山下達郎の「君はきっとこない」なんて歌が流れはじめ、「そりゃあ来ませんよ、あんまり速い時間のサイクルに付いて行けませんから]なんぞと言ってる間に、正月の三が日が過ぎて、今日に至るです。

この時間の速さ、これは年齢に関係すると言われてますが、そんなものではなく、やはり我々の生活のリズムと云うものがいかにせちがらいものかということです。

 

ヨーロッパではヨーロッパ時間と言われるほどゆったりとした生活のリズムがあるようです。

路上のテーブルで昼休みにお茶を飲みながら行き交う人の悪口を言い、夜は皆でわいわい食事をする。

日本人ほどテレビをよく見る国民はいないらしいけど、これも生活のサイクルを速める要因だと思われます。

人とのコミュニケーションは下手なのに、良くも悪くも情報過多、なんぞという人間がうじゃうじゃいるようです。

でも最近スローフード、スローライフが見直されてきてるので、ヨーロッパ並みに将来、ゆったりと日本 にも季節が流れて行くかもしれません。

 

もうすぐ節分です。

とりあえずこのことをしっかり味わおうではありませんか!

でないと、豆を買いに走っている間に終わってしまいます。

それで夏ごろまで何故か豆だけが残っているのです。


第1回 心の扉をたたいてみれば

数年前、知人Tのコンサートを聴きに行ったときの事、彼の話の中で、ずうーっと今も頭の片隅に残っている言葉があります。

それは、彼の友人が歌手を辞めて精神科医を選んだ事について、「どうして精神科医なの?」と聞くと「誰かが怪我をしていたら、人は『大丈夫』と気遣う事ができるけど、もし誰かのその心が血を流していても、人は何も気が付かない。僕はそんな人の心の血を止めてあげたいんだ」

 

この「心が血を流す」という生々しい言葉は、強烈なイメージとなって、その後「この人はひょっとして心で血を流しているかもしれない」とか、「血が滲んできたわ!」なんぞと、私の中で時折ふっと思い浮かんできたりするようになりました。

人は、目に見える事以外には結構無頓着で、鈍感なものです。私も何人もの人の心を傷つけたろうし、よく人と話をしていて「この人に何度殺されるんだろう」と思うこともよくあります。

 

こうして人は言葉によって人間不信になり、どんどん人間嫌いになって心を枯らしていくのです。

瀬戸内寂聴さんの「人は病気では死にません。でも寂しいと死ぬのです」

という言葉とオーバーラップして、最近片手に携帯電話を常に持っている自分や、行き交う人々の姿を見て、人って随分弱いもんなんだなと思う半面、この便利な機械が、人を人間依存症へと駆り立て、思考の自立性を喪失せしめてゆく恐怖を感じます。

でもこの文字画面、なぜか人の温もりや心が見えにくい。

 

情報を伝えるには格好の道具になっても、手紙と同じレベルと考えるのは甚だしい間違いと言わねばなりません。

「手っ取り早くメールを送っておけばそれでいいや」

この希薄な人間関係からいったい何が生まれるのだろう?

「てめえなんか大嫌いだ!」と、面と向かって言い合うこの小気味よさ。

人は心でぶつかり合いたいものです。

 

カチャカチャとメールで交信しても、人は次第に寡黙になり、

寂しくなって、心が血を流し始めるのです。